夕食を終え、お茶をすすりながら、玲子は敷島と上原に、西郷中将から言われたことを話した。
「西郷中将には事情を聞いたよ。まあ、玲子が受け入れるならいい」
憮然としている敷島とは対照的に、上原は上機嫌だ。
「よかったわね、玲子」
上原は、マルスがそばにいると玲子が落ち着くことをよく理解していた。
「でもね、ちょっと変なこともあったの。今日会ったばかりのゼムっていうロボットに、マスターになってくれって言われたの。西郷中将に聞いたら、マスターになっても構わないって」
「ほう、ゼムがね。それは意外だ」と敷島。
「伯父さんがゼムを作ったんでしょ? どうして意外なの?」
「あいつは人間嫌いなんだ。人間がゼムを怖がるもんでね。大柄なロボットは、どうしても威圧感がある」
「そんなに怖いかしら」玲子は半信半疑だ。
「それは、玲子、おまえの感覚が人とは少し違うからだ」
控えていたロビーが口を開いた。
「ゼムが通信で言っていました。お嬢様が少しも怖がらなかったのが、とても嬉しかったと。それに、男の子に“かっこいい”と言われたことも喜んでいました」
「守くんのことね」
上原はカップを置き、にっこり笑って言う。
「ゼムはマルスをリーダーに迎えたの。だから、マルスのマスターである玲子のことを、マスターとして認証したのよ。初対面でゼムを怖がらなかったのが、なおさら心の琴線に触れたんでしょうね。これでライトニング・ファントムのロボットたちも、玲子をマスターと認証したことになるわ」
「私でよかったのかなあ。ゼムって軍のロボットでしょう?」
「全然問題ないわよ。西郷中将もそう言っていたでしょ」
「ええ、そうだけど・・・」
「ロボットはね、マスターがいた方が安定するの。場合によっては能力も向上する」
「ポテンシャル理論のこと?」
上原はにこりとする。
「よく知ってるわね。そう、ポテンシャル理論。ファントムのロボットが安定して強いのは、マスターがいるから。ライトニングのロボットだけが危うかったけど、めでたく玲子がマスターになってくれたから、万々歳よ」
話が一段落すると、ロビーが割って入った。
「ところで、マルスがライトニング・ファントムのリーダーになったということは、“ブルー・ライトニング”の名を継いだのですか?」
「うん、それがリーダー名なんだって。もともとはロビーが使ってたんでしょ?」とマルス。
「ええ、懐かしい名です。それをマルスが引き継ぐとは。ゼムは、マルスにこそその名がふさわしいと思ったのでしょう」
「どういうこと?」と玲子。
「“ブルー・ライトニング”は、人に尽くすロボットにこそ相応しい。ゼムはそう言っていました。彼は人に恐れられてきたので、人間を好いてはいませんでしたから、自分でその名を名乗ろうとはしなかったのです」
「そんなに人間を嫌ってるようには感じなかったけど。いいロボットだったわ」
「お嬢様を嫌うロボットはいませんよ」
後片づけはロビーとマルスに任せ、玲子は学校のレポートを仕上げた。マルスもロビーの手伝いなら問題なくできるので、安心して任せられる。入浴を済ませ、パジャマに着替えると、ちょうどいいタイミングでマルスがやって来た。玲子はTシャツを引っ張り出し、マルスに着せてベッドに寝かせる。日課のエネルギー補給だ。だが、メーターはほぼ満タンを示している。
「今日、誰かに補給してもらったの?」
「うん、サムに。ゼムと模擬戦をやったから、だいぶ消耗しちゃって」
「あのゼムと?」
小柄なマルスが、あの大柄なゼムと戦う姿は想像しにくい。
「ソレイユと瑞穂お姉ちゃんがテニスしてた部屋、あるでしょ。あそこで、ぼく、吹っ飛ばされて、何度も壁に激突しちゃったの」
「そうだったんだ」
それでも、ゼムはマルスをリーダーとして認めたのだ。
「マルスも一矢報いたんでしょ? リーダーとして認められたんだから」
「うん。スピードはね、ぼくの方が上。でも、力と戦闘経験はゼムの方が上で、なかなか勝てないよ」
補給を終えると、玲子はマルスの腹部からプラグを外し、シャツの裾を整えてやった。
「明日、マルスのパジャマを買ってくるから。今夜もこのシャツで我慢してね」
ぶかぶかのTシャツでも、マルスは嫌がらない。
「ぼく、これでいいよ」
「そんなこと言わないの。パジャマは買っていいって、おばさんにも言われてるから」
玲子はベッドに上がった。
「ベッド、狭くない? ぼく、本当に一緒に寝てていいの?」
「いいの。私がマルスにそばにいてほしいんだから」
玲子はマルスを抱きしめる。
「そんなことばっかり言ってると、捕まえちゃうぞ!」
「きゃっ」
マルスが玲子の腕の中でじたばたする。もちろん、本気を出せば簡単に振りほどけるのだが、ふざけているだけだ。じゃれ合っているうちに、玲子も楽しくなってくる。こんなふうに無邪気に笑うのは、何年ぶりだろう。やがて、観念したのかマルスはおとなしくなった。
「そう、最初からおとなしく寝ればいいの」
「うん」
「マルス、私ね、マルスがそばにいてくれて嬉しいの。西郷中将が“ずっと一緒にいてほしい”って言ったとき、嬉しかった。私でいいのかなって少し迷ったけど」
「ぼくはお姉ちゃんがいい。サムのことも好きだけど、お姉ちゃんはもっと好き」
「じゃあ、一緒のベッドでもいいでしょ。由美子はね、何かというと私のベッドに入ってきたの。寒いとか、一人じゃ怖いとか、なんだかんだ言ってね。可愛かったけど・・・」
玲子の胸が、きゅっと痛む。
「お姉ちゃん?」
「なんでもない。さあ、寝よう」
玲子はマルスの頬におやすみのキスをする。
「それじゃあ、おやすみ」
「お姉ちゃん!」
真剣な眼差しで見上げるマルスに、玲子は笑みを浮かべて問い返す。
「なに?」
「あの・・・あのね・・・」
声が小さくなっていくマルスに、玲子は顔をのぞき込む。
「なに? 言ってごらん」
突然、マルスが身を寄せ、玲子の頬にそっと唇を触れさせた。予想外の行動に玲子は面食らうが、胸の奥が温かく満たされる。
「もしかして、お姉ちゃん、怒ってる?」
「怒ってないわよ。嬉しかった」
マルスはベッドに横たわる。玲子は毛布を掛けて寝かしつけ、自分も横になった。リモコンで照明を落とし、二人は静かに眠りへと落ちていった。
「マルス、私はね、マルスがそばにいてくれて、うれしいの。西郷中将がマルスとずっと一緒にいてほしいと言われたとき、うれしかったわ。私でいいのかなとも思ったけど」
プレスト海軍第7艦隊司令の西郷は玲子にマルスを託す。玲子はずっとマルスのそばにいられることに喜びを感じていた。
