アリスが部屋を出ると、玲子はマルスに声をかけた。
「マルス、着替えるから、ちょっと膝から降りて」
マルスはするりと膝から滑り降り、ベッドにごろんと横になる。玲子が寝間着に着替えている間、マルスは背を向けたまま、退屈そうにごろごろ転がっていた。どんな顔かは見えないが、きっと退屈しているのだろう。(今日は色々あったし、いっぱい甘えたいのかな)と玲子は思う。今夜はすぐには眠らないだろう。
着替えを終えた玲子もベッドに上がる。客間のダブルベッドは、いつもより広い。
「マルス、おいで」
膝を軽くたたくと、マルスは嬉しそうに這い寄り、こてんと頭を玲子の足に乗せた。
「お姉ちゃん」
頭を撫でると、マルスが笑う。玲子もつられて微笑む。
「今日は大活躍だったね」
「ルーナやユリちゃんもだよ」
「マルスは何人やっつけたの?」
「3人。あっ、お姉ちゃんが一人ころばしたから、2.5五人かな。ルーナが2人、ユリちゃんが1人」
夕方の騒動を思い返し、玲子が言う。
「まさか6人で来るなんてね。相手は女の子1人なのに。私の時は1人だったのに」
「お姉ちゃんのときは、そばにロボットがいなかったからだよ。恵ちゃんにはユリちゃんがついてる。2人くらい、ユリちゃんならやっつけちゃうから」
甘え声で、とんでもないことを言う。
「正直に言って。私は、じゃまだった?」
マルスは上体を起こして首を振った。
「ううん。お姉ちゃんがいたから楽だったよ。恵ちゃんを守ってくれたし、1人倒してくれたし。やっぱりソレイユの言うとおり、お姉ちゃんは強いね」
「ソレイユとなんとなく始めた訓練が、いつの間にかロビーそっくりのメタロイド相手になって、冷や汗かいたけどね」
「でも、手加減したからケガはなかったでしょ」
「そうね。一度もケガしてないわ」
ふっとマルスの顔から笑みが消える。
「みんなが言ってた。今日はお姉ちゃんのおかげで、ぼくもルーナもユリちゃんも助かったって。だから、ぼくからお礼を言いなさいって」
玲子はこつんと額をつついた。
「お礼なんていらないわ。私はマルスのお姉ちゃん。守るのは当然。恵ちゃんのためにも、私にできることをしただけよ」
「でも、こわかったでしょ。ぼく、ハンディの通信、聞いてた。あの警察官、お姉ちゃんたちをすごく脅してたから」
玲子はくすっと笑う。
「むしろマルスのほうが心配だったわ。牢屋の壁をぶち壊して私のところへ来るんじゃないかって」
マルスは肩をすぼめてうつむく。
「ルーナに止められたの。おとなしくしてなさいって」
「やっぱりね。ルーナにお礼を言わなくちゃ。いてくれてよかった」
「ルーナはぼくの上位のロボットだから、逆らえないの」
「なるほど。でも、ライトニングファントムのロボットは、どうしてマルス以外のアンドロイドの管制を受け付けないの?」
「メタロイドは、ぼくみたいに“抑制プログラム”をかけてないんだ。ぼくは特別にかけられてるの」
「変ね。ゼムは抑制なし? ゼムのほうが強そうなのに」
玲子は、マルスが“サブロボット”と呼ばれる機体群を管制できることを正確には知らない。マルスが直接コントロールできる数も質も、ゼムをはるかに上回ることも。
「ぼくは第7艦隊の無人艦を直接コントロールできる。やろうと思えば、小さな町くらい簡単に壊せちゃう。だから、人間や上位ロボットの指示に従うよう、抑制されてるの。ゼムはコントロールできるサブロボットのレベルが少ないから、抑制はいらないの」
「じゃあ、アポロンやダイアナみたいな戦闘艦も?」
「うん」
「すごいね、マルスは」
それでもマルスの表情は曇ったままだ。
「でも、ぼく、お姉ちゃんのために何もできない。お手伝いも1人じゃ上手くできない。みんな“お姉ちゃんに尽くしなさい”って言うのに、できないの」
今にも泣きそうだ。玲子は髪をやさしく撫でる。
「気にしないの。手伝ってくれるだけで助かってるし、何より楽しい」
「でも、それだけじゃ」
玲子はそっと抱き寄せる。
「じゃあ、一緒にいられるときは、めいっぱい甘えて。私、それで幸せだから」
「それ、ぼくがしたいことだよ。本当にそれだけでいいの?」
玲子はマルスを横抱きにする。マルスは胸に身を寄せた。
「マルスは、どうして私のことが好きなの?」
「お姉ちゃんが、優しくしてくれるから」
「それだけ?」
「うん」
「それだけで、いいじゃない。ね?」
「それだけで、いいの?」
「私に甘えてくれるのはマルスだけ。ロビーにもゼムにもできないことよ。ほら、こんなのだって」
玲子はマルスの頬に軽くキスをする。
「マルスもして?」
指さされた頬に、マルスも嬉しそうにキスを返した。
「じゃあ、寝よう。マルス、横になって」
マルスは膝から降りて横になり、玲子も隣に身を横たえる。腕の中のマルスはおとなしく、ぬいぐるみのようだ。(由美子だったら、こうはいかないだろうな)と思いながらも、玲子はこの時間がしあわせだった。
「お姉ちゃん、ありがとう。大好き」
「私もマルスが好きよ」
玲子はリモコンで照明を落とし、マルスが睡眠モードに入るまで、そっと抱き続けていた。
