プレストシティ警察のテロ対策部はその日の夕方、警備部の刑事二名をリヨン大統領暗殺未遂の容疑で逮捕した。警備部は異議を唱えたが、暗殺ロボットを会場へ引き入れる一部始終がセンサーロボット〈ボール〉により映像で記録されており、言い逃れはできなかった。
刑事逮捕のニュースとあわせて、暗殺未遂の映像が各メディアで繰り返し流れる。壇上にマーサが突然現れ、激しい銃撃を受け止める。その直後、メタロイドたちがリヨン大統領を取り囲み、最後にソレイユが姿を見せた瞬間、マーサはふっと消える。
映像を見た玲子は、マルスがソレイユに匹敵するどころか、局面によっては上回るのではと感じた。かつてのソレイユ・ショックの際は、誰よりも先にソレイユが暴走ロボットを破壊した。だが今回は、最後に壇上へ現れたのがソレイユだったという事実が、マルスや他のメタロイドの進化を物語っている。玲子が感嘆していると、上原が言った。
「ソレイユの開発は四年前よ。技術は日々、前進するもの」
「スローモーションでも、マルスの動きが追えないわ」
「普通のカメラじゃ無理ね。テストは高速度撮影で解析するの」
「そうなんだ。伯父さん、今日は遅くなるの?」
「実戦データの回収と解析中。ロボットから吸い上げたデータで目の色を変えてたわ」上原はくすりと笑う。
「伯父さんらしい。無理はしないといいけど」
「徹夜はしないでしょう。一日で捌ける量じゃないし、下ごしらえだけして帰る頃じゃないかしら」
噂をすれば、玲子と上原のハンディに「今から帰る」と敷島からメッセージが届く。
「よかった。帰ってくるんだ」
「じゃあ、伯父さん、小母さん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
玲子が部屋を出ると、ロビーがあとに続く。マルスがいない間は、ロビーが玲子の付き添いだ。
「アルトシティが攻撃されて以来、玲子は調子がいまひとつだな」
敷島がため息をつくと、上原がうなずいた。グラスの氷がからんと鳴る。
「忌ま忌ましい連中め」
「それでも、ロビーやマルスがいるだけましですよ。マルスが来てから、落ち着きました」
「マルスのどこがいいのか、さっぱりわからん」
「玲子に一途なところですよ。あれはソレイユにも真似できない」
「ふーん、それはそうとして、今日のデータでマルスの片鱗が見えた。J-9ベースなのに、J-9を上回る。圧倒的な機動力だ」
「ポテンシャル理論は机上の空論じゃありません。ソレイユの事件で実証済みです」
「そうだな、だが、どうして皆、玲子なんだ。ダグラス大佐だっているのに」
「“ソレイユの友人であり続ける意志”ですよ。そこをロボットたちが認めている」
「わかってはいるが、まさかライトニングのロボットまで、玲子をマスターにするとは」
「ライトニングはむしろ明快です。自分たちが迎えたリーダー、マルスのマスターが玲子だからです。ロボットは忠実です」
「その結果、玲子まで大統領警護に駆り出すことになった」
「それは私の設計ミスです。マルスがここまで“自立できない”性格になるとは読めなかった。責めるなら私を。マルスに罪はありません」
敷島はすがるように顔を上げる。
「思考を修正できないのか」
「基礎層の問題です。改修はできません。二号機も間に合いませんでした。修正が効くのは三号機以降です」
「まさか二号機まで玲子に世話になるんじゃ」
「軍は承知のうえで選定してます。二号機のマスターは適任の女性戦闘機パイロットに託します」
「それだけでも良しとすべきか」
「マルスは玲子を好きになってしまった。玲子も同じ。いまさら引き離せません」
敷島は「ふーん」と、どこか釈然としない表情を残した。
リヨンは出発を延ばし、プレスト海軍首脳部との非公式会談を設けた。海軍側は高野、スコット、上原が出席する。
「暗殺計画を防いでくれたことに感謝する。とりわけ、ソレイユとマーサを護衛につけてくれたことは言葉に尽くせない」
礼を述べたのち、リヨンは本題に入る。
「依頼していた護衛アンドロイドの今後の予定を聞きたい」
高野が一礼し、上原へ振る。
「大統領が望まれた護衛ロボットは、製造中の“マーサ型”三号機の納入を想定しています。詳細は上原博士から」
上原が説明を引き継いだ。
「現在、マーサ型の二号機・三号機が製造段階です。三号機は起動まで一か月、その後一週間の訓練を経て引き渡しを予定しています。また、それに先立ち、J-6およびJ-9タイプのロボットを先行配備します。ソプラノシティ大統領警備部とは、既設のダグラス製ロボットとの更新として交渉中で、支障はない見込みです」
「できるだけ早く体制を整えたい。三号機と聞いたが、二号機ではだめですか? 二号機のほうが完成は早いのでしょう」
「はい。二号機は一週間で起動します。ただし、初号機マーサで判明した欠点の修正が間に合いません。修正の適用は三号機になります」
リヨンは首をかしげた。
「欠点? マーサは完璧に見えるが」
上原は軽く咳払いする。
「大統領がマーサの“マスター”に会いたいといわれた翌日に、玲子が“エネルギー補給”へ向かった件、覚えておられますか」
「高校生と聞いて驚いたが、段取りの良さに感心したよ」
「実はあれは計画的なケアです。マーサは人間依存性が高く、定期的な“ケア”や寄り添いが必要です。玲子は世話好きで、その役を自然に果たせる。家では同じベッドで寝るほどに。誰もが同様にできるわけではありません」
「つまり、我が家では無理、と?」
「“無理”とは申しません。ただ、相応の負担は生じます」
「逆に言えば、その負担をあなた方は玲子さんに背負わせているのか」
上原は苦笑した。
「当人にとっては負担ではないのです。マーサが来てから、玲子は良い意味で変わりました」
高野が補足する。
「とはいえ高校生に公務を任せるのは本意ではない。ただ、ソレイユを含め、彼女を特別視しているファントムのロボットは多く、代替の効く正規軍人がいないのが現状です」
「二号機は誰に託すつもりですか」
「慎重に選定のうえ、女性の戦闘機パイロットに。人物的に適任と判断しました」
リヨンはうなずく。
「なるほど。マーサ型は前線装備というわけだ。あなたたちは何を目指しているのです?」
「テロがロボット主体へ移行した場合への備えです。アルトシティのドラグーンは完全無人機でした。人間の兵士を向かわせるのは危険すぎます」
「テロへの対抗だけではあるまい。資金源遮断の作戦も進めているだろう」
即答はなかった。リヨンは続ける。
「連邦軍の改革派“マフィア”は、あなたたちに歩調を合わせる用意があります。身辺護衛にダグラス製ロボットを導入させたのも彼らだ」
スコットが引き取る。
「存じています。ただ、当面の連携は困難です」
「アルトシティでの介入は、矛先をプレストシティへ誘導するためか」
「お答えできません」
「野暮はやめましょう。ところで、私の頼みは?」
高野が頷く。
「相手方も承知しました。市長も非公式に出席します。晩餐には間に合うでしょう」
放課後。玲子は授業とホームルームを終え、帰り支度を整える。
「部活もしないなんて」といった陰口は聞こえてくるが、気にしない。叩こうと思えばいくらでも材料はあるらしい。極めつけは「玲子はロボットだ」という噂だ。十四歳のとき、玲子は凶器を持った暴漢を返り討ちにした。犯人は「玲子をロボットだと思った」と供述し、保釈後に行方をくらました。真相は闇のままだが、大人の男を倒した事実だけが尾ひれを生み、陰口の種になった。実際、ソレイユ仕込みで玲子はかなり強い。
そんな玲子でも、リヨン大統領からの“完全非公式”の招待はさすがに戸惑う。報道は完全シャットアウト。断る理由はないが、瑞穂にも言えない。内緒ごとが増えたのは心苦しいが、こればかりはどうにもならない。
「でも、マルスに早く会えるなら、いいか」玲子はそう割り切った。
シティトラムを乗り継いでダグラス・インダストリーへ。大統領と市長の共同会見があるため報道陣は多いが、視線は市長がいるメインゲートに集中している。職員通用口を使う玲子は目立たず、セキュリティエリアへすべり込んだ。
「お姉ちゃん」
聞き慣れた声に頬がゆるむ。ドアの陰から現れたマルスが、ぴたりと抱きついてくる。姿はもう元のマルスに戻っていた。右手が玲子の左手に自然と絡む。
「今日は大統領と晩餐なんでしょ。ぼく、お姉ちゃんの隣の席だって」
「そう……」
ロボットと同席の晩餐を不作法とする向きもあるが、大統領は柔軟らしい。何よりマルスが隣にいてくれるなら、窮屈さも和らぐ。
二人は社員食堂を兼ねるホールへ。大統領の“非公式”晩餐会として急遽押さえたのだろう。
「お姉ちゃんの席、ここだよ」
「主賓より先に座れないでしょ」
ほどなく大統領夫妻と市長夫妻が現れる。玲子を見つけたリヨンがつかつかと近づき、手を取った。
「ありがとう。君の協力がなければ成功しなかった。重ねて礼を言う」
「いえ、私は」
最後まで言わせず、リヨンは続ける。
「ソレイユからも聞いた。君は本当に素晴らしい」
そしてマルスに向き直る。
「君が“マーサ”だった子だね」
「はい」
「声は同じだね。それにしても男の子だったとは」
「ご挨拶はそのくらいで。お席へどうぞ」いつの間にか上原が間に入ってくれた。
こぢんまりとした晩餐だ。大統領夫妻、市長夫妻に対し、玲子、上原、マルスのみ。玲子は尋ねずにいられない。
「お嬢様は?」
「子供だし、マルスの本来の姿は見せないほうがいい。ソレイユがついているから安心してほしい」
上原が玲子を席へ導き、右隣にマルス。マルスの前に食器はない。料理が運ばれる。玲子は所作に慣れているが、大統領の相手をしつつ、甘えてくるマルスにも気を配る。久しぶりの再会で、マルスは完全に甘えモードだ。大統領を“警戒不要”と判断している証拠でもあり、玲子もほっとする。
「本当に仲がいいね。ところで、最新鋭のマルスがなぜ玲子さんをマスターに?」
「最初のマスターはダグラス大佐でした。でも、お姉ちゃんに抱っこしてもらって、大好きになったんです」
「それは大佐が私の膝にマルスを放り投げたからでしょ」玲子が突っ込むと、マルスは続ける。
「でも、お姉ちゃんは抱っこしてくれた。大佐はあんなふうにだっこしてくれなかったから。しかも“好きになっていい”って言ってくれたから、ぼくはお姉ちゃんをマスターにしたの」
リヨンはほほえむ。
「アルトシティでは、よく戦ったそうだね」
「でも、ぼくは失敗して巡航ミサイルを発射させちゃった」
「何もしない者だけが失敗しない。大事なのはリカバリーだ。君は撃墜して被害を出さなかった。ドラグーン撃破にも大きく貢献した。それは功績で、失敗ではない」
「そんなこと、知りませんでした」玲子は驚く。サムもマルスも詳しくは語らなかった。
「言うべきではなかったかな」
「いえ。そこまでして、アルトシティを守ってくれたと知れて、嬉しいです」
「それならよかった」
リヨンは食事を進めながら言う。
「我が家にもマルスと同型が来る。私たちも、君のような良いマスターになれるよう努めなければ」
「本当にそうですね」夫人もうなずく。二人は、玲子がマルスにとって特別だと理解している。玲子は率直に返した。
「今日マルスがこんなに甘えているのは、閣下がよくしてくださったからです。だから、その子もきっと懐きます」
