朝早く、玲子の部屋のドアがノックされた。
「玲子、起きてる?」
メアリだった。玲子は早起きなので、すでに身支度を調えていた。
「起きてるよ。入ってらっしゃい」
そう声をかけると、メアリとエイミーが部屋に入ってきた。
「ねえ、散歩に行こうよ?」
「ええ、いいよ」と玲子が応じる。マルスもトリオもすでに身支度を終えていた。
五人で廊下を歩いていると、マイクとばったりとあった。
「俺も付き合うよ。いいだろ?」
六人は玄関から、庭を横切り、門を出て、朝の住宅街を歩き始めた。朝食の支度をしているのか、あちこちの家からいい香りが漂ってくる。
メアリはマルスやトリオと手をつないだり、玲子と手をつないだり、気まぐれに振る舞う。一巡して、エイミーと手をつなぎ歩き始めたとき、マイクが玲子の横に来た。
「メアリは元気が出たみたいだ。玲子のおかげかな」
「私はただ、話を聞いただけだけど・・・」
「父さんや母さんが玲子を頼るのがよくわかる気がするよ。メアリは玲子によくなついているし、頼りにしている。俺も、もう少し頼りがいのある兄になりたいな」
「一緒に住んでいるからこそ、遠慮しちゃうんじゃない?」
「そうか・・・」
「メアリもわかってるよ。優しいお兄ちゃんだって」
そのとき、ぱたぱたとメアリが玲子たちに駆け寄ってきた。入れ替わるようにマルスとトリオが玲子のそばを離れ、エイミーの方へ行く。
「なに、二人で何をはなしてんの?」
無邪気なメアリの問いに、玲子はすぐ答えた。
「メアリはかわいいって話」
「なにそれ、そんな話?」
照れているのが見え見えで、玲子は少し可笑しくなる。メアリもマイクのことが好きなのだ。その気持ちは態度を見ていればわかる。
メアリはマイクの横に並ぶと、ふと真面目な顔になった。
「ねえ、マイクはアンドロイドの妹とか弟がほしくないの」と聞いてきた。ふざけた調子はまるで見えなかった。だから、マイクは茶化すことなく答える。
「俺はメアリがいるからな。十分だよ」
メアリはそれを聞くと、
「そうなの。だって、サムにはノーマがいるじゃない」
もう一人の兄、ケンは家から独立して居を構えているので、メアリにとっては少し遠い存在になっている。
「サムはノーマのことかわいがってるけど、ノーマはサムの仕事仲間なんだ」
「それじゃ、パパとママはなぜ、私にエイミーをリースしてくれたのかな」
「メアリが喜ぶからだよ。メアリがいつもノーマと楽しげにしていたのに、最近、ノーマがサムにべったりになっちゃったからな。父さんも母さんも、ちょっと、気にしてたんだ。それだけさ」
メアリはその言葉でなんとなく納得したようだった。玲子が兄妹の会話に口を挟む。
「ノーマがサムに甘えるようになったの、わたしとマルスのせいかもね」
マイクとメアリが驚いたように玲子を見る。
「マルスがわたしに甘えるものだから、ノーマがうらやましく思ったみたい」
「ああ、なるほど」とマイクは納得した。確かにノーマがサムに甘えるようになったのは、マルスが玲子に預けられた頃からだ。メアリは少し驚いたようだ。
「ノーマがサムに甘えているの?」
「最近はそんな感じだな。サムはノーマのマスターだからな。ノーマはサムのこと、ほんとに好きみたいだ」とマイクが言うと、玲子は、
「エイミーにとってはメアリがマスターなんだよ」と言った。
「エイミーはわたしに甘えたりしないよ」
「そのうち甘えるようになるよ。メアリは優しいからね」と言うと、玲子は離れて歩いている三人に声を掛けた。
「エイミー、トリオ、マルス、おいで」
三人はパタパタと駆け寄ってくる。
「そろそろ時間だから、帰らない?」と玲子が言うと、マイクが頷いた。
「そうだな、帰ろう」
玲子はメアリに、
「散歩は満喫した?」
「うん、楽しかった」
メアリはエイミーと手をつなぐ。マルスは当然というか玲子と手をつなぎ、トリオはためらわずにマイクと手をつないだ。六人はそれぞれ相方と話をしながら、歩みを進める。マイクは
「トリオは玲子と手をつなぎたかったんじゃないか?」と聞くと、
「お姉ちゃんとお兄ちゃんはいつも一緒というわけじゃないの。だから、二人一緒の時は、できるだけ二人でいたほうがいいんだよ」とませたことを言う。
「トリオはそれでいいのか?」
「うん。ぼくはお姉ちゃんもお兄ちゃんも好き。だから、二人が幸せなのがいちばんなんだよ」
見た目がマルスより小さいのに、ずいぶんと大人びたことを言うとマイクは思った。それが、トリオに与えられた感情なのかもしれないが、それに対して、なにも反抗すること無く受け入れているトリオが、なんとなく愛おしい。
前を歩いていた玲子とマルス。マルスが玲子になにがしかをいい、手を離すとマイクの方に来る。
「トリオ、交代」というと、トリオも何も言わず、スタスタと玲子の方へ近づき、玲子と手をつないで歩き始めた。玲子もそれを見て、にこりとして、トリオと歩き始める。
「マルス、俺たちの話、聞こえたのか?」
「うん、ちょっと。でも、最初からこうしようと思ってたの。お姉ちゃんはトリオのことも好きだから」
(この子たちは独占欲というものがないのか・・・)
マイクはマルスが来てからの玲子の変化を理解していた。玲子はよく笑うようになったし、生きることに前向きになった。それは親友であるソレイユ、瑞穂や自分にもなしえなかった変化である。マルスとソレイユ、何が違うのかマイクには解らない。だが、明確な違いがあったからこそ、玲子は変われたとマイクは考えている。
「どうしたの?」とマイクを見上げて、マルスが問いかけた。
「いや、マルスはかわいいなと思っただけ」
マルスは照れたのか下を向いた。マイクに笑みが浮かぶ。玲子はマルスのことが気になったのか、振り返りマルスを見た。マイクと視線が交差して、笑みを浮かべて、再び前を向いた。
ダグラス家の朝食はジスカルドたちロボットが作る。ふんわりとしたオムレツとトースト、それに、野菜サラダが添えられていた。マルスやトリオ、エイミーもテーブルに着き、話の輪の中にいる。
朝食の席で玲子はお茶会のことを聞いた。アリスは玲子に、
「今日はラルフさんとケンが来るの」と言った。
ラルフの名に玲子は少し胸がずきんとする。そんな玲子の気持ちを察したのか、アリスは、
「ラルフさんはね、玲子にお礼を言いたいんだって。ほら、高野さんのお嬢さんを助けたとき、マルス達を守ってくれたでしょ」
玲子は首を振りながら言った。
「だって、あれはマルス達を守りたかったから・・・」
「そうなんだけどね、経営陣としては玲子に感謝しているの。大切な会社の資産を守ってくれたのだからね。マルスを玲子に預けたこと、間違いじゃなかったって。マルスを玲子に預ける話は、なんだかんだいっても、ラルフさんが経営陣を説得したから実現したのよ」
「じゃあ、わたしの方こそ、ラルフさんにお礼を言わないと」と玲子が答えた。
ジムは、
「まあ、そのことはラルフに礼を言っておきなさい。マルスのことは玲子にとってもいい影響があったようだからな。ラルフも悪い気はしないだろう。だが、ラルフも玲子のことはずいぶん評価しているよ。玲子に会社のハンディを渡して、セキュリティエリアに入れるようにすると最初に主張したのはラルフだからな。ソレイユのことを玲子に託す決断をしたのも彼だ」
玲子は恥ずかしさから赤くなった。
「私、ソレイユのことで、ラルフさんにずいぶん生意気なことを言った気がします」
「気にするな、玲子に会って話がしたいと言ったのはラルフだ。でなけりゃ、上原君が玲子をラルフに会わせたりしないよ」
「そうなんですか?」
「あの男は、玲子がどれだけソレイユに真剣なのか見定めたかったのだろうと思う。自分の目で玲子を見て、判断したかったのだ」
マイクが口を挟む。
「あの人、ちょっとおっかない人だと思うがな。よく玲子は意見を言えたよな」
「私も怖いと思うな」とメアリも言う。ラルフはなんとなく厳つい雰囲気を持つので、子どもには少し近寄りがたいところがある。
「ソレイユのこと、なんとかしたかったの」と玲子は言った。ソレイユをシティから追放すると言う決定を聞いたとき、玲子は理不尽な決定だと思っていた。だからそのことを覆したかったのである。むろん、政治的な決断でもあるので、玲子がラルフに訴えたところで決定は覆ることはない。だが、当時の玲子にとってはなんとかしたい、その一心だった。
ジムが言葉を継ぐ。
「今日も、玲子がうちに遊びに来るとラルフに話したら、会って話がしたいと言ったのでね、お茶会に誘ったわけだ。まあ、そんなことなので、会ってほしい」
「わかりました」
朝食の穏やかな時間のなか、玲子はラルフとどう接するべきか、少し悩ましかった。