Toyの日記

描いている落書きや覚え書きを書き留めています

ブルーライトニング 第96章

 プレスト海軍司令部は、ダグラス社のセキュリティエリアを間借りしている。硬質な照明の通路を、レナとマルスが並んで歩いていた。司令部に呼び出されたからだ。

「レナ、今日は学校はいいの?」
 マルスが遠慮がちに聞くと、レナはいつものように微笑んだ。
連邦軍司令部の軍人が、ソレイユに会いたいんだって。それで学校を休んだの」
「ソレイユとしての役割なんだね。大変だね、レナも」
「こればっかりはルーナにはできないからね。……でも、マルスも一緒に会うように言われてるでしょ」
「そう……何なんだろう」

 二人の後ろを、ゼムとJ-9タイプのロボットが無言で追随する。四人の足音が、通路の壁に乾いた反響を残した。
 レナは歩きながら、昨日来訪した連邦軍の大佐の顔をデータリンクで参照する。レナは彼の目的の一つが、リヨン大統領に送り込まれた護衛ロボットの“見分”だろうと考えていた。

 扉の前で立ち止まり、認証が通る短い電子音が鳴る。
 レナは一瞬だけ表情を引き締めた。ここから先は、ソレイユとして振る舞わなければならない。声の質もソレイユのものに合わせる。

 会談室は簡素だった。長机、椅子、壁面のモニター。窓はなく、空調の音だけが一定に流れている。
 室内にいるのは、連邦軍改革派のボイド大佐と、川崎副司令。そして、レナとマルスの背後にゼムとJ-9が立った。

 レナはソレイユの姿そのままだ。ボイドは疑いもなく、レナをソレイユとして受け入れた。だが、傍らの男の子――マルスを見た瞬間、彼の眉がわずかに動いた。既視感。リヨンのそばにいる女の子マーサの面影が脳裏に走る。

「君は……マルスと言ったね」
「はい」
 マルスは姿勢を正し、短く答えた。

 ボイドはタブレットを操作し、何かを確認しつつ、マルスに視線を戻した。
「まず、君に聞きたい。リヨン閣下の身辺護衛に就いた“マーサ”。――あれはマルスと同型のアンドロイドなのか」
「そうです」
「次に、J-9だ。閣下の護衛にJ-9が混じっていたことを、我々は軽視できないでいる。J-9とマーサは同一性能のロボットと聞いているが、マルス、君は、後ろの大型機――ゼムと同程度の戦闘力があるのか?」
「はい。同程度の戦闘力を持ちます」
 マルスは控えめだった。ボイドの視線が、マルスとゼムを行き来する。小さな体格と、背後の巨体。その落差が、疑念を生むのは当然だった。
 ゼムが沈黙を破った。
「発言を許可願えますか」
 川崎がゼムに許可を与える。
「かまわない。君の意見を言いなさい」
「はい。ボイド大佐、マルスは私以上の戦闘能力を持ちます。ご記憶にあると思いますが、3ヶ月程前、ガバメント社が主催した決闘で、マーサと呼ばれる少女型アンドロイドとガバメントの戦闘ロボットが戦いました」
 ボイドは頷いた。
「ああ、覚えている。あの戦いは鮮烈だった。だが、あのマーサはリヨン閣下の護衛としてきたアンドロイドとは別だな」
「別個体ですが同型です。私は閣下の元へ行ったマーサも訓練していますが、その実力は侮れません。今、証拠を見せます」
 そう言うと、ゼムは壁面のモニターを注視する。モニターの電源が入り、ある訓練風景が映し出される。スローで動くゼムとやや早い動きを見せる小柄な少女の姿が映し出されていた。
「これは、マーサとゼムの訓練風景か」
 ボイドの問いにゼムは答える。
「そうです。スローにしていますが、実際は人間には動きが識別できません」
 モニターの中で、ゼムのライトセイバーを素早くよけるマーサの姿が認められた。マーサに比べると明らかにゼムの動きはゆっくりだった。やがて、マーサ間合いを詰め、マーサのライトセイバーの刃がゼムの腰を薙いだ。
ライトセイバーは訓練モードのため、実際には切断されてはいませんが、私は腰を切断されて動けなくなったことになります」
 ゼムはひたとボイドを見つめ言った。
「断っておきますが、私は不器用で手加減ができません。全力で戦っています。ここにいるマルスも最初こそは私が力で圧倒していましたが、最近では私は勝つことができません。同じようにマルスに訓練されたマーサには私は勝てないのです」
 ボイドが目を見開く。
「にわかには信じがたいが、これは現実か」
「一対一の近接戦闘なら、ゼムはマルスやマーサに勝てません」と言いつつ、川崎は補足した。
「ゼムが勝るのは、大出力火器を扱える点です。逆にマルスやJー9は小型ゆえに近接戦闘は強いが、大出力火器を扱えない。そこでゼムが火器を担い、J-9が近接を担う。混成運用が合理的と我々は考えています」

 ボイドは短く息を吐いた。納得というより、理解に向かって頭を切り替えた、という反応だった。
「だから、その体格か」
 ボイドはマルスを見据える。
「しかし……なぜ子どもの姿なのだ? 軍用なら、威圧も必要なはずだ」
「この体型なら、アンドロイドにすると子どもになります」
 川崎が答える。
マルスはJ-9のフレームを活用して作られたアンドロイドです」
 ボイドは頷いた。
「なるほど。あなた方がJ-9を主力とし、マルスタイプのアンドロイドを運用する理由は理解した」

 そこでボイドは話題を切り替えた。ここからが本題――という空気が、室内に満ちる。

「もう一つ。ソレイユやマルスは、なぜテロリストと戦う? 命令だからか?」

 レナは“ソレイユとして”一拍置き、横目でマルスを見る。マルスが不用意に「レナ」と呼ばないように――その確認でもあった。

「命令じゃありません」
 レナは静かに言った。
「私の友人のためです。私の友人はテロを嫌っています。だから、私はテロを許せない」

 ボイドはマルスにも向ける。
マルス、君もか?」
「ぼくは……姉のためです。姉がテロを嫌っています」
 ボイドはその瞬間、二人の言う“友人”と“姉”が同一人物だとは気づかなかった。
 だが、次の問いは、彼の胸に刺さっている問題を露わにする。

「ソレイユは、人間を憎んでいないのか」
 レナの答えは明確だった。
「いやな人間ばかりじゃないことは理解してます」
「それでも、人間を守るのか?」
「守ります。私の友人の願いを叶えたいんです。テロで泣く人がいなくなるように、という願いを」
 レナは言葉を続けた。実際、それが本心である。
「私だけじゃありません。ファントムのロボットのほとんどが、私の友人をマスターとして認証しています。ほぼ例外がいません。私たちファントムは、彼女の願いを叶えたいのです」
 ボイドの顔が固まる。言葉の意味が鋭く刺さった。

「……その“友人”というのは、マルスの姉と同一人物なのか?」
「そうです」

 ボイドは川崎に振り向いた。
「あなた方は、この状態を知ったうえでファントムを運用しているのですか?」
「もちろん知っています」
 川崎は即答した。
「ソレイユをファントムのリーダーに定めた時から、その事実は変わりません。正直言えば、ソレイユ以外のロボットたちが、こぞって彼女をマスター認証したのは予想外でした。だが実用上、問題はありません。むしろ性能が向上しますし、ロボットたちの士気も上がります。技術顧問のダグラス社の技師も同様の見解です」

 ボイドは懸念を口にする。軍人なら当然の懸念だ。
「彼女に、もしものことがあれば……」
「もしものことがないように、ファントムはシティを守るのです」
 川崎は声を荒らげない。だが、譲らない。
「それに、ダグラス社も会社を挙げて彼女を見守っています。我々もできる限りのことをしています」

 ボイドの脳裏に、“リヨンが秘密裏に会談した少女”の話が浮かんだ。
 胸の奥で、何かが落雷のように鳴った気がした。

「……彼女は軍人ではないのですか。ひょっとして、リヨン閣下が秘密裏に会談したという少女……?」
「そうです」
 川崎は、こともなげに答えた。ボイドは首を振った。
「私には、あなた方がずいぶん危うい橋を渡っているように見える」
「我々が意図していたことではありません」
 川崎が静かに言う。
「結果としてそうなっただけです。ロボットたちの自由な意志を曲げることはできません。それに、彼女はマスターとしてふさわしい人格を備えています」
「たった一人……たった一人に、そこまで依存しているのか?」

 レナが、ボイドに言う。
「たった一人ではないです。私たちは複数のマスターを持ちます。彼女が唯一の存在ではありません」
 そして、言い切った。
「ただ、ほとんどのロボットが彼女をマスター認証しているだけです。彼女の願いを叶えることが、私たちファントムの共通の願い。――それだけです」

 ボイドは、言葉の奥にある“強固な意志”を感じ取った。理屈ではなく、意思。命令に従うという単純なものでは無く、自発的な意思だ。彼は一度、背筋を伸ばした。
「ここでのことは決して口外しない。約束する」
 ボイドはあらためてマルスに視線を据える。
「だから教えてくれ。マルス、君は“マーサ”という少女になって、リヨン閣下を狙撃から守ったのか。あの、ガバメントのロボットと戦ったのは君なのか」
「はい、ぼくが女の子の姿になりました。リヨン閣下のところに行ったマーサは、その姿に似せて作られたのです」
 ボイドは大きく頷いた。マーサには会えないとスコット司令は言った。その意味を理解したのだ。続けてボイドはマルスに聞いた。
「君は、閣下を守るに値する人物だと思うか」
 短い沈黙を置き、マルスは答えた。
「プレストシティ滞在の時、ずっとお側にいたからわかります。閣下とそのご家族はぼくを家族のように接してくれました。閣下のご一家はマーサを大切にしてくれると信じています。……そして、マーサも、閣下のご一家を守ります。大切な人を守るのは、ぼくたちの本能なんです」

 ボイドはゆっくり頷いた。カタログの“能力”ではない。“一緒に過ごした時間”があるからこそ、信じられるのだ――その重みを、彼は理解した。

「なるほど。J-9が護衛ロボットに混じっていても、閣下が動揺しなかった理由がわかった」

 川崎が、ボイドの理解が解けたことを感じ取り、確認するように言う。
「納入した護衛ロボットが“マーサ”という少女で、同時に子どものような体格のJ-9が多数いたことが、不安だったのですね」
「そうです」
 ボイドは率直だった。
「送り届けられたロボットたちを見て、閣下は喜んでみえた。しかし我々には理解できなかった。J-9を、低価格で性能がそこそこの機体だと思っていたからです。もっと高性能な護衛にすべきではないか、と」
 彼は一度、視線を落とし続ける。
「……だが、狙撃のニュース映像で最初に動いたのはあの少女――つまり、ここにいるマルスだった。閣下は肌身で理解しておられたのだろう」

「だと思います」
 川崎が答える。
「閣下はマルスをお側に置くことを望んだほどです。しかし、マルスのマスターがマルスを大事にしていることを知って、3号機のマーサを受領することに同意したのです」

 ボイドは、軽く頭を下げた。
「申し訳ありません。我々はあなた方を疑っていました。本気で閣下を守ろうとしているのか、と。……無知は罪ですな。先入観も」
 彼は顔を上げる。
「納入されたJ-9とマーサの能力については、仲間にも正しく伝えます」

「納得していただければ結構です」
 川崎は淡々と言った。
「できれば起きてほしくありませんが、いざとなればJ-9やマーサは役に立ちます」

「昨日の話でも、リヨン閣下の身辺が危ないことがわかりました。我々も十分注意します」

 ボイドは最後に、レナ――“ソレイユ”と信じている存在と、マルスに向けて言った。

「今日は会ってくれてありがとう。おかげで、君たちファントムのことが理解できた」
 そして、言葉を添える。
「君の友人――マスターに、私からよろしく伝えてくれ」

「わかりました」
 レナが答え、会談は終了した。